「みんなで・・・?」 write/鶯城誠也
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校庭の桜がちらほらと、日差しにまぎれて降り注ぐ。去年も見た光景だけれども。 でも今日から僕は2年生。そう2年生。今年の僕は新入生を迎える立場なのだ。 もうすっかり身長だってリーダーを追い越しちゃったし、きっと今年はたくさん後輩が入ってきて応援団リーダー部もきっと、きっとにぎやかになるんだろうなと期待で胸が一杯だ。先輩たちは凄く一生懸命に僕を育ててきてくれた。今ではもう教えることなんかねえと褒められることだってある。 ああ・・・! 春ってどうしてこんなに心が浮き立つんだろう!! 新学期はいいなぁ!! 何もかも新鮮、新しい教科書、新しい教室、新しい担任の先生、そしてそしてクラス替え! 今日はクラス替え!! 班替え席替え衣替え・・・!! 新鮮だ、なんて新鮮、こんな気分は本当に一年ぶり。2年から3年になるときにはクラス替えはないので、これが僕にとって人生最後のクラス替えかもしれない、そんな風に思うと張り出されたクラス分けの名簿を眺めるのも楽しいのだ。 ああ、また同じクラスだ・・・、えー別のクラスになっちゃったーとか皆その前で騒いでいるんだけれど。 「田中、お前俺のクラスになったんだな、イロイロ頼むぞ田中」 「あ・・・はい先生」 新しい担任の先生のなんだか重苦しい言葉が引っかかって、僕はクラス分けの名簿を見損ねた。1組なのは先生のクラスということでわかったからいいのだけれど、少しだけがっかりしてしまった。 自分の名前を探すのが楽しいのに。読み始めたばかりの推理小説、横から犯人を言われた気分。 そんな気分も先生の暗い顔がどんどん暗くなるのでへしゃげてばかりはいられなかった。 「先生・・・? どうしたんですか、何かとてもつらそうですけれど」 「・・・つらいよ!」 先生はいきなり片手で顔を覆ってケルベロスが吠えるような声で叫んだ。 「これがつらくないなんてどうしていえるんだ、田中!!」 「・・・は?」 「俺は教師になってよかったと概ね思っている、だが今日という今日は人生失敗したーと激烈に思っているんだよ、田中!!」 「大袈裟ですね、先生・・・」 「大袈裟?! 大袈裟でもなんでもないぞ、そんなのお前も教室に行けばわかる!! だからお前にイロイロ頼むといってるんだ、田中、イロイロ! 物凄くイロイロ!! 超イロイロ!!」 「せ、先生・・・」 さっぱりわけがわからないけれど予鈴がなったので教室に急いだ。 2年1組。 新しい教室、黒板に「好きな席に座ってよろしい」と投げやりに書かれた先生の文字。一体先生に何があったと・・・ 「田中!」 「押忍! ・・・って、」 ごくごくいつも通りに名前を呼ばれて元気よく返事をし、振り向いた先に座っていたのはうれしそうなリーダーこと 一 本 木 龍 太 先 輩。 「・・・先輩、今日から3年生でしょう? ダメじゃないですか、もう2年1組じゃないでしょ?」 「いや!! 俺は今年も2年1組だ!」 胸を張っていうその両後ろには斉藤さんと鈴木さんが行儀よくお座りで。 「・・・え?」 全身の血が重力に負けて地面を目指して行く。自分の頭が大きく円を描くようにぐらついたのに自分で驚きつつ、気合で踏ん張った。 「え? 今年・・・今年・・・も? ・・・も?! ・・・も、ってなんですか、リーダー?」 「潔く留年した!! うわははははは!!!!」 「・・・いさぎよく・・・?」 「よかったー、田中が同じクラスならもう宿題もテストの山掛けも全部全部バッチリだ!! いやぁ助かったぜ、田中!!」 「頼りにしてるぞ、田中!! ほんとに同じクラスでよかった!!」 鈴木さんがリーダーのご機嫌100万ドルスマイルでの発言に深く深く頷いて僕にまた打撃を加えてきた。更には斉藤さんがぎゅっと目を閉じて拳を震わせ、うめくようにいった・・・ 「・・・スマン、田中・・・」 「田中ー俺の後ろな! 席とっといたから! もう俺よりでかいんだから後ろでも大丈夫だよなー!! うわはははははは!!!」 「俺と斉藤の間ー!! ほら応援応援応援ーリーダーポジションひゃっほうーかっちょええ田中クンー!!!」 なぜ勝ち誇ったように笑っているんだろう、この人たち・・・斉藤さんみたいにせめてすまないの一言でも言ってくれれば少しは・・・ほんの少しは・・・ 「うるさいなぁ、もうあんたたち地声でかいんだから少し静かにしゃべりなさいよ!」 「・・・え」 僕はぜんまいの切れ掛かったからくり人形差ながらの様子でぎこちなく首を回して、聞きなれた怒号の来た方向を見た。 窓際の一番いい席に縦3列・・・に座っているのは・・・ 「・・・あ・・・あ・・・沙耶花さん・・・神田さん・・・アンナさん・・・」 「あはーっ出席日数足りなくてもう一回2年生だってさー!! きゃはは!!」 こちらも全く悪びれず、というか非常に楽しそうに両手を振って明るく笑っていらっしゃる。 「皆同じクラスでよかったね〜葵ちゃんマックス幸せー!!」 「・・・留年して幸せなんですか・・・?」 「ああ、これで心置きなく鈴木で遊びながら斉藤ちゃんの弁当を食えるわねぇ」 「えっ何で俺で遊びながら弁当食うの?!」 「だってあんたおもしろいんだもん」 「・・・あ・・・あ・・・アンナさん・・・」 「おーそうか、これからは皆一緒に登校して、皆一緒に田中の宿題写して、皆一緒に午前中熟睡して、皆一緒に弁当食って、皆一緒に午後授業サボって、皆一緒に部活して、皆一緒にドラゴンラーメンでミソラーメン食って、皆一緒に・・・」 「・・・皆一緒に」 僕は足に下がりきっていた血が一気に天辺に集中するのを感じて魂の底から搾り出すような大声で先輩たちを指差した。 「皆一緒に僕の特別補習を受けていただきますよぉ!!!!! いいですねぇっ?!」 「やだ」 あっさりと声を揃えて。そういうところだけ、皆どうして呼吸がぴったりなんですか・・・。 「田中」 教室のドアのほうから救世主というべき人の声を聞いて僕は思わず電光石火ダッシュでドアに駆け寄りかけて石のように固まってしまった。 「・・・あ、団長」 「あれー、今日は奥さんどうしたんですかぁ?」 「うむ、昨日から出張でな。またこういうときにかぎってこいつがぐずりやがって」 まるで糸の切れた操り人形さながら僕は床に崩れ落ちた。 そう、考えてみればこの方は今、今日、この学校にいてはいけない方のはず・・・。それがどうして、何故、今までどおりの制服を御召しになってあまつさえコンビの抱っこキャリー(それも相当きつそう)で赤ん坊を抱えて両手にガラガラとデンデン太鼓をお持ちになって、あばばばーとかいいながら・・・ それ以前に・・・奥さんっ?! 子供?! えええええええ?! 「団長、何番目でしたっけか」 「これか? 5番目だ。・・・おーよしよし、何だお前は太鼓が好きだな」 「それは団長のお子さんだから仕方ありませんよー」 「まあそういわれればそうかもな」 ナチュラルに。なんてナチュラルに学校でそういう会話を、高校の2年1組で。気がついたらがっくりと床に着いた僕の両手の間にほろほろと涙が散っている。ああ・・・ 「田中、こいつら今年は進級させろよ」 そんな僕のブロークンハートを思いやってくれもせず、いてはいけない人がそんなことをいう。しかも。 「来年は全員3年3組になれるといいな!」 ・・・団長に断腸の思いをさせられるなんて・・・あんまり酷すぎる・・・!! 「押忍!!!!」 うれしそうな、元気一杯の先輩たちの声に僕はカンペキに崩れ落ちて泣き伏してしまった。 「うわーん!!!!!! 徹夜で教科書の問題書き換えてあげたり、自分の勉強時間削って一生懸命試験勉強手伝ってあげたり、サルにでも猫にでもわかるように副読本作ってあげたり、これができれば授業にはついていけるはずのおすすめ参考書とか買ってあげたり、・・・1年間僕物凄く努力したのに!!!! 結局努力したのは僕だけで先輩たちは・・・先輩たちはそんな僕を見て笑ってたんですねー!!! うわーん、うわぁああああああん!! あんまりだ、これじゃあ僕はあんまりの道化師じゃないですかぁ!! うわーん、うわーん!!」 「いよっ、根性の道化師ー」 リーダーの楽しそうな冷やかしの声に僕は頭をかきむしったり床を殴りまくったりして号泣し続けるよりほかはなかった・・・。 目が覚めた。 あまりにも生々しい夢だったので僕は寝ながら本気で泣いていたようだ。 恐ろしい・・・なんて恐ろしい。凄く恐ろしい・・・!! 現実になったらどうしようと思った瞬間、僕の中で何かが壊れた。 「・・・うわぁああああああああああん!!!!!!」 布団に突っ伏して現実でも号泣した。お父さんやお母さんがびっくりして飛んできてくれたけれど、何を説明することも出来ずひたすら泣き続けた。 泣き疲れた僕は腹の底から持ち前のくそ根性が頭を持ち上げてくるのを感じ、奥歯をギリギリ噛み締めながら呻いた。 「今年は絶対卒業させます・・・そして絶対進級させて見せますから・・・!! ええ、鬼と呼ばれようが悪魔と呼ばれようが、それはもう、絶対、間違いなく、僕の全身全霊を傾けて・・・そう、この命削ってでも、必ず・・・!!」 僕は己の魂に誓って再び寝ることもせず、徹夜で特訓ドリルを作成したのだった。 僕のハロウィンの悪夢はこうして、「先輩たちの現実の悪夢」に姿を変えたのだった。 ・・・もう絶対、何が何でも!!! END
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